×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






天守
 模擬 四層
遺構
 石垣(薬王寺の裏側)
形式
 山城
築城者
 不明
城主
 日和佐肥前守
築城年代
 不明
所在
 徳島県海部郡美波町日和佐浦
鉄道
 JR牟岐線 日和佐駅〜遠いと思います

 「歴史」 
●室町から戦国時代にかけて、日和佐肥前守が居城
●天正3年、長宗我部元親にくだる
●太平洋、日和佐湾に突きだした半島の山頂(標高70mほど)に築城
●削平地と思われる所に建つ展望台から、日和佐港、紀伊水道を臨む
●昭和53年、鉄筋コンクリート4階建ての天守は町営の野外活動施設として建設



平成26年11月17日(月)

「遠望、日和佐」

ずっと以前から四国お遍路に行きたいと思っていました。
8年前に母が病に倒れ、それからは家を空けることができなくなりました。
海外旅行はもちろん、泊りがけとなると、父だけが頼りでしたから、せいぜい一泊といったところが限界です。

今年平成26年、母が逝ってしまいました。
最後の最後まで頑張りやの母らしく懸命に生きてくれました。
ずっと家で過ごしてきて、体調崩して入院して50日ほどで椿のように逝ってしまいました。
それは突然で、父も私も最期に立ち会えませんでした。

私は母に感謝の気持ちを伝えることができないままだったことを悔やんでいます。
ひとりで歩くことができなくなった母を、ずっと家で看ていましたが、果たして十分だったか、と問われれば
親不孝の数々だったように思えてなりません。
懺悔してもし尽くせないほどの親不孝を詫びたい。

そんな思いで年内に四国お遍路に出ることを決めました。
今年行かずしていつ行くというのか。
年内にはどうしても発ちたいと考えていました。
四十九日、百か日、新盆、お彼岸を迎え、出発できるのは10月以降になります。
一方で、父ひとり留守番に残すのは、これまた心配でして。
父は眼が悪く、車の運転が困難です。なにより火の始末が心配・・・。
四国を徒歩で廻るとなると、50日は家を空けることになり、それは父にとっても負担だし、
私にとっても心配でお遍路どころではありません。
それで、今回は短期間で廻れるバスツアーに申し込むことにしました。

申し込む前に、すでに納経帳と御影帳はそろえてありました。
白装束と輪袈裟、金剛杖は必需品ですが、輪袈裟は四国に着いてから選ぶつもりです。
金剛杖は今回持たない予定です。
なぜなら、金剛杖はお大師様と同行二人を表し、一緒に歩くことを意味しています。
けれど、私は母との同行二人ですので・・・。

お遍路さんは、白装束を着て、輪袈裟(修業中の身である証)、金剛杖いわゆる墓標(お墓)を持って歩きます。
いつ何時行き倒れになるかもしれない、という過酷な旅を現しています。
自分の墓標を持って歩くのですから。
そんな旅に出るのは、私が天涯孤独の身になってからでしょう。
今は、父がいます。
帰ってくれば、父が待っててくれます。
まだ、行き倒れになるわけにはいきません。
どうしても帰ってこなければなりません。

初めての四国遍路。
私は真剣に一ヶ寺一ヶ寺参り、丁寧に経をあげ、祈りました。
そうして三日目。徳島最後の23番札所、薬王寺の向かいに山城が見えました。
「あれは、日和佐城ではないのか!?」
残念ながらお寺の境内から遠くに見える城を、目いっぱいズームで写真を撮っただけでした・・・。



毎年6月から8月にかけて、アカウミガメが産卵のために上陸。
産卵場で知られる町では海がめ祭りが盛大に行われているんだそうな。
日和佐湾海を見下ろす半島の山頂に建つ。



模擬天守とはいえ、思いのほか立派。
四国初のお城ゲット!